北国・弘前に本格的な春が訪れるのは4月も中旬を過ぎてからです。

冬の間、一面の雪野原だったりんご園のあちこちから、眠っていた地面が顔を出し、春を待ち望んでいた若草がしなやかに伸びてきます。
そして、本当にあっという間に、りんご園一面が、緑の絨毯を敷き詰めたかのように春の装いを身に付けるのです。

 心地よい春風が吹くこの時期に行っているのは「園地の整備」と呼ばれる作業です。
この仕事の目的は、新たな収穫に向けて、りんご園をより良い環境へと変えることです。
そこで土や樹といった、りんご栽培の基本となる部分に重点を置いた仕事を行います。

「園地の環境を良くする」。言葉で言うのは簡単ですが、作業はいくつもの行程に別れており、りんごへの深い知識が要求されるものばかりです。
今回は、これらの作業についてご紹介しましょう。

 園地の整備のなかで、まず、絶対に欠かすことができないのが「土づくり」です。

 “植物”というものは、基本的には自分自身で養分を作り出すことができます。
光合成などが良い例でしょう。
しかし、その一方でエネルギーを大きく消耗することもあります。
樹は春になれば葉を繁らせ、秋を迎えると実を結ぶからです。
数万枚に葉を繁らせ、何百もの実をつけるという営みは樹にとって大きな負担となります。
しかし、自然の世界は本当によくできたものです。

 秋が深まると葉や実は地面に落ち、バクテリアに分解されて、やがては土に還っていきます。
樹は根から、かつては葉や実だった養分を吸収し、再び葉や実をつけるエネルギーを蓄えるのです。
もし、誰も実を採らなければ、樹が必要な養分はこうして延々にリサイクルされるわけですが、りんご園ではそうはいきません。
美味しく完熟した実を私たち人間が収穫するからです。

 その代わりに私たちは春になれば毎年、樹の養分となる肥料をたっぷりと与えてあげるのです。

 肥料には有機肥料と化学肥料があります。
一般的に、化学肥料の方が即効性があり、有機肥料はゆっくりと効果が現れます。
その理由は化学肥料が直接、植物に効くのに対し、有機肥料は、まず最初に土にいるバクテリアに分解され、無機化されてはじめて、植物が吸収できる状態となるからです。
つまり、植物に必要な栄養素となるには、ある程度の時間が必要なのです。

 ゴールド農園では化学肥料はできるだけ最小限の使用にとどめ、有機肥料をふんだんに使っています。
これには大きな理由があります。

まず植物には、窒素、リン酸、カリ、カルシウムなどの養分のほかに、酸素と水が必要です。

養分については、化学肥料でも補うことは可能です。
しかし、水と酸素については、肥料で、というわけにはいきません。

 水と酸素を吸収するのは、主に樹の根の部分です。
そのため、根が張り巡らされた土に中に、どれだけ酸素や水を蓄えることができる“すき間”があるかどうかがとても重要となってきます。

 そして、土の中に“すき間”を作るのがバクテリアたちです。
バクテリアは、土中の有機物(肥料のほか、草の根など)を分解することでたくさんのすき間(団粒組織)を作ります。
これにより、土に中には常に十分な酸素と水が供給され、樹は健康を保つことが可能となるのです。

 逆に化学肥料ばかりを連続して使用すると、土の中にバクテリアの食べ物がなくなり、バクテリア全体の活動が鈍くなっていきます。
すると、土は耕されず、次第にカチカチの固い土壌(単粒組織)となり、樹は酸素と水を吸収できなくなってしまうのです。
このような土壌では、美味しい実をつけるどころか、樹そのものがバランスを崩し、弱り果ててしまいます。

 そもそも、農耕とは文字通り、「土を耕すこと」が基本です。
耕すとは土に中に酸素をたっぷりと送ってあげ、バクテリアの活動をより活発にしてあげることなのです。

 リンゴ園の場合、根があるために深く耕すことはできませんが、有機肥料を散布し、草を生えさせて、その根をバクテリアに分解させることで、柔らかな土壌を作り出しているのです。

 現在、ゴールド農園で使用している有機肥料は、りんごジュースを作る際にできるりんごの絞りかすや豚ふん、もみがら、ぬかなどを混ぜ合わせ、十分に発酵させたものです。
この有機肥料を10Rあたりで300kgから1000kgほど散布して、土づくりを行っています。

 また、園地に草を生えさせ、定期的に刈り取る「早生栽培」を実践することで、一年を通じて、約2000kgもの有機養分を土に与えている計算になっています。

 りんごの樹は毎年、たくさんの実を収穫させてくれます。だからこそ、私たちはたくさんの有機肥料を与え、土壌を最高のコンディションに保つよう努力しているのです。

 次に、「りんごの樹の更新」も主に春に行う作業です。

りんごの樹は生き物です。

ずっと長い間、生きていれば人と同じように寿命を迎えます。
そこで、年を取り、衰退した樹と交代するかたちで新たに苗木を植えていかなければ、りんご園全体が衰退してしまいます。

 苗木は、前年に園地に隅に植えておき、準備をしておきます。
そして、春、まだ樹が完全に活動していない段階でお役ご免となった樹を抜き、苗木を植えます。
この際、苗木がよりよく育つように5種類もの肥料を与えます。

 また、植える場所も大切です。

一度、根が張ってしまえば、簡単に植え直すことはできません。
植え直しの際、どんなにていねいに作業をしても根を痛めてしまうため、樹に大きなダメージを与えてしまうからです。

 そこで必要となってくるのが、計画的な更新です。
まだ苗木の段階から、「この場所は、こう陽が当たるから、こっちの方向に枝を伸ばして…」といった具合に、大きく成長した樹の姿を想像し、あたかも設計図を描くようにして樹を植えなければならないのです。

 また、樹の更新では、「苗木更新」のほかに、「高接ぎ更新」と呼ばれるものがあります。
りんごには、「ふじ」「ジョナゴールド」「王林」「つがる」など、いくつもの品種があるだけでなく、たとえば「ふじ」の中にもいくつもの異なった品種が存在します。

 現代農業では品種改良はまさに日進月歩の世界です。
毎年のように新しい品種のりんごが登場するのはもはや当たり前と言ってよいでしょう。

 新品種がヒットする確立は非常に低いと言えますが、もちろん中には大ヒットを飛ばすものもあります。
今でこそお馴染みも「ふじ」や「ジョナゴールド」も、ある年に初登場し、大ヒットをおさめたスターりんごなのです。

 一度、ヒットしたりんごの人気はしばらくは安泰です。
しかし、流行が変われば、突然、人気を失うこともあります。
特に最近は、消費者の皆様が新しい味を求める傾向が強く、流行が変わりやすいのが現状です。
そのため、私たち生産者も、世の流れを敏感に感じとり、常に新たな品種に挑戦していかなければならないのです。

 新たな品種を育てる場合、最もポピュラーな方法が「高接ぎ更新」です。
これは、品種的に人気が望めないりんごの樹の枝を切り、新品種の枝を接ぎ木するという方法です。
大きく成長した樹に接ぎ木するわけですから、若木から育てるよりもはるかに早い収穫が望めるのが特徴です。

 しかし、高接ぎ更新は収穫への近道となる分、作業はなかなか大変です。
高い脚立に登り、枝を一本一本切り落とし、樹皮のすき間に接ぎ木する枝を差し込み、ビニールのテープで留めていく作業を何時間も続けていると最後には腕が上がらなくなってしまいます。
しかも、春は岩木山から強い風が吹く日も多く、高所での作業は危険を伴います。
それでも、皆様により美味しいりんごを届けたいとの一心で作業を続けているのです。

 ところで、ゴールド農園には、すでに4回も高接ぎ更新を経験したりんごの樹もあります。
つまり、一生のうちで4種類ものりんごを実らせてきた、とても経験豊かな樹なのです。

 更新するりんごの樹もある一方で、これまで以上に頑張って、美味しいりんごを実らせて欲しいりんごの樹もあります。
そこで重要になってくるのが樹の健康管理です。
今、りんごの病気で一番恐いのはふらん病です。
その名の通り、この病気にかかると、枝や幹がぼろぼろになって腐ったようになり、そのまま治療せずに放っておくと、樹そのものが死んでしまいます。

 そこで病気を早期発見し、治療する作業を春になれば必ず行います。
まず、広大な農園で無数に立ち並ぶ、りんごの樹の枝の一本一本に異常がないか見て回ることから始まります。
その際、少しでも怪しい部分が見つかれば、熊手のような道具で表皮をガリガリとひっかき、ふらん病であるかどうかを見極めます。
健康な表皮であれば、少々引っかいたぐらいで、皮がめくれるようなことはありません。
ところが、ふらん病にかかっている樹であれば、表皮は簡単にはがれて落ちてしまうのです。

 治療は病気の進行具合によって異なりますが、まず程度がそれほど重いものでなければ、傷んでいる部分の表皮をかきとり、そこに草ごと薄くはぎとった土を張り付け、ビニールのラップできつくしばって密封状態とします。

 また、かなり深くまで病原菌が侵攻している場合は、枝を切り落としてから同じように土を張り付け、ラップで覆います。

 この治療法の目的は、樹皮が常に湿気を帯びた状態を保てるようにすることです。
ふらん病は湿気に弱く、樹皮が常に土からの湿り気を帯びることで、病原菌は次第に衰えていくのです。

 こうした治療の後、樹が完全に回復するまでに2年間もの年月を必要とします。
ふらん病はりんご農家泣かせのやっかいな病気なのです。

 土づくりにはじまり、樹の更新、ふらん病の治療など、こうした作業をひとつひとつこなす、私たちりんご農家にとって、春をのんびりと楽しむことはなかなかできません。
しかも、5月になれば、花が咲き受粉作業が始まるため、忙しさはさらに加速します。
春はりんご農家にとって、まさに時間を忘れて働く季節なのです。

 とは言いつつも、長い冬が終わり、今年もやって来てくれた春のなかで仕事をするのは、やはり気持ちいいものです。
特に、ひと仕事を終え、一緒に仕事をしている家族や親戚と輪になってお茶を飲んでいるときは、誰もが和やかな表情をしています。
そして、ふと、あたりを漂うふんわりとした大気に春の到来を深く感じたりするものです。

 凛と凍てついた冬の時期はあれほど間近に見えた岩木山も、今は春霞の中。遠くに優しい表情でたたずんでいます。
 広大な園地を最高の状態に保つため、重労働が続きますが、こうして春の優しさ、心地よさを実感するたびに、りんごを育てていてよかったと実感するのです。


トラックで運ばれてきた有機肥料。一度この場所でストックされてから、農園各地に配付されます。 ふらん病があやしいと思われる部分はこうして樹皮を引っかいて確かめます。
たくさんの苗木を植える際、重機を使って穴を掘ります。 ふらん病の治療に使うため、土から表皮の部分をはぎとります。
苗木は2歳になったものを植えます。 ふらん病が進んでしまった枝は切り落とします。
苗木の根元に何種類もの肥料を入れることで、より元気に育ちます。 患部に土を貼り付けた後、ラップでぐるぐる巻きにします。
高接ぎ更新が終わったりんご園の風景 治療をほどこしてから1年が経過した枝では、回復傾向が見られました。
接ぎ木をした部分は、ビニールテープを巻いて固定します。 りんご園のあちこちで萌えはじめた新芽の姿を見ることができます。

昨年、接ぎ木した樹が、こんなに成長しました。
これで今年から収穫することができます。
   






日本一美味しいりんごを作ろう

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