4月下旬、弘前城の桜が開花し、北国弘前の春が本番を迎えます。

今年も弘前城には全国各地から大勢の観光客が集い、豪華に咲き誇る桜樹の下で花見を楽しむ姿が見られました。

 桜の散る姿に誰もが一抹の寂しさを覚えます。
しかし、私たちりんご農家は、行く春の感傷に浸っている暇はありません。桜より遅れること10日。
いよいよりんごの開花が始まるからです。

 樹は種子を結ぶために花を咲かせます。
りんごの樹も例外ではなく、りんごの実は、花が咲き、散ったその後に結ばれます。

 つまり、花はりんごの実の核となる部分なのです。
そのため、花が良くなければ、葉がどれだけがんばってたくさんの養分を実に送っても、結局は良いりんごには育たないのです。

 花には雄しべ雌しべがあり、雄しべが作り出す花粉粒の中には雄の細胞(精子)が含まれています。
これが雌しべの卵細胞と結合(受粉)して種子を作り出します。
りんごの樹の場合、この種子がりんごの実になるのです。

 りんごの花びらの中をのぞいてみると、中心に雌しべがあり、それを包むように雄しべが並んでいます。
この雄しべと雌しべで受粉できるのであれば話は簡単です。
しかし、りんごは“他花受粉”の植物です。
つまり、結実するために雌しべが必要とする花粉は、他の樹の雄しべが作る花粉なのです。

 また、単に別の樹であれば良いりんごになるというわけでもありません。
例えば、「ふじ」は「王林」の花粉で受粉すると良い実をつけるなど、染色体の違いにより品種間での適正や不適正があるのです。

 りんご園ではメインとなる品種以外に、園地のところどころに違う品種の樹を植えますが、こうした樹もより効率良く受粉させるため、樹と樹の相性を考えた上で品種を選んでいるのです。

 開花はまず最初に王林がトップを飾ると、広大なりんご園が見る見るうちに花で埋め尽くされていきました。
こうなると私たちりんご農家の日常は一気に忙しくなります。

 まず、行わなければならないのが「花摘み」です。
わざわざ咲いた花を摘むなんて!と思われがちですが、りんごの樹が花を咲かせる源は昨年の秋までに貯えたエネルギーです。
そのため、無数に咲き誇った花をそのまま結実させてしまうと、実が多すぎて良いりんごができないどころか樹は貯えた養分を使い果たし、疲労してしまいます。

 そこで、良い実をつけると予想できる花だけを残し、いらない花を摘んでしまう「花摘み」作業が必要となります。作業は人海戦術です。
広大なりんご園に立ち並ぶ一本一本の樹を順番で周り、脚立に乗り降りしながら花をひとつひとつ落としていくのです。この作業は、花が咲いている時期に終わらせなくてはならないため、多くのりんご農家が夜明けと同時に働きはじめます。

 また、この時期、私たちのりんご農家とともに一種懸命働いているのが小指の先ほどにも満たないマメコバチたちです。

 りんご園を飛び回り、マメコバチたちが集めているのはりんごの花粉です。
マメコバチはおなかに花粉を保持する特殊な毛を持っており、そこに花粉を集めます。
花粉がたくさん集まると花蜜で花粉を練ってお団子を作ります。
この花粉のお団子こそ、マメコバチたちが次世代へと贈る大切な食べ物です。
親蜂は、あらかじめ見つけておいた葦や茅など筒状の植物の内部にこのお団子を運び、そこに卵を一個産みつけると、泥で入り口をふさいでしまいます。
しばらくしてふ化した幼虫はこの花粉を食べ、翌年、成虫となってりんご園に飛び出してくるのです。

 マメコバチのこうした子孫繁栄の活動が私たちりんご農家に不可欠です。
マメコバチが花粉を集めながら花から花へと移動することで、体についた花粉が雌しべと受粉するからです。
受粉は風などの自然現象でも行われますが、風はあくまで気まぐれで、受粉は不十分です。そこでマメコバチたちが受粉作業を補ってくれているのです。

 もちろん、人もただ蜂を利用しているわけではありません。
葦を集めて、マメコバチ用のマンションを作ってあげたり、巣のまわりにはネットを張ってカラスから守ってあげたりとマメコバチを大切にしています。
また、冬になれば、蜂たちが眠る巣を倉庫に入れて、寒さから守ってあげることも忘れません。りんご園では、人とマメコバチがギブアンドテイクの関係で仲良く付き合っているのです。

 現在、ゴールド農園の受粉作業はほとんどマメコバチで行っていますが、かつての受粉はすべて手作業でした。まず花が咲いた時点で、花を集め、雄しべひとつひとつから花粉を採集。
それを乾燥させてからでんぷんを加え、受粉用の花粉としました。
そして、その花粉を耳かきの綿の部分につけて、木を一本一本まわって受粉作業を行ったのです。
昼は畑で仕事し、夜は花粉づくり。
人の手で受粉を行っていた時代の5月は、毎日が猫の手も借りたいほどの忙しさでした。

 人の手による受粉はマメコバチよりも確実に行えるため、形のよい立派なりんごをつくることができます。
そのため、今でもひとつひとつ人の手で受粉することもありますが、後継者不足などにより受粉はマメコバチにまかせる農家が増えてきています。

 開花時期が終わり、5月下旬になると枝のあちこちに小さな実が結ばれます。
ただし、ここで結実した実のすべてが収穫できるわけでありません。
実を結んでも樹そのものにすべての実を育て上げる養分がなければ、実は自然と落下してしまいます。

 6月にこうした現象が起きることからこれを「June Drop=ジューンドロップ」と私たちは呼んでいます。
また、マメコバチが花粉を運んでも受粉せず、花そのものが自然に落ちてしまう「カラマツ」と呼ばれる現象もあります。
これらの現象はともに、りんごの樹自らが実の量を調整している行っているもので、実が減り過ぎるということはめったにありません。

 むしろ気をつけなければならないのは開花時期の気候です。
ちょうど受粉真っ盛りの時期に強い霜が降りると、雄しべ雌しべが凍傷になり、受粉できなくなってしまいます。
するとほとんどの花が「カラマツ」となり、秋の収穫に大影響が出てしまうのです。
その点、今年は幸運なことに目立った霜害もなく、順調に受粉が進みました。

 りんごの花は桜ほど絢爛豪華に咲くことはありませんが、ほのかに薄紅色がかった白い花びらは楚々としてとても上品です。
また、残雪の岩木山を背に咲き誇るりんごの花は、青森の春そのものといった趣があります。

 私たちりんご農家にとって、花の時期は忙しくもありますが、心の中ではいつもりんごの花で花見を楽しんでいるのです。


美しく咲き誇るりんごの花。りんご園がもっとも華やかな時を迎えます。 りんご園に置かれたマメコバチの巣。りんご箱に葦を詰め込んだものです。この一本一本にマメコバチは花粉のお団子を運び、産卵します。
岩木山を望み、満開の時期を迎えたりんご園 葦の中から顔を出したマメコバチ。性格はとても穏やかで他の蜂のように刺すことがないため、飼いやすいのが特徴です。
脚立にのぼっての花摘み作業。ひとつひとつ丁寧に、そして素早く余分な花を摘んでいきます。 花粉を集めるために雄しべに潜り込むマメコバチ。こうして受粉が行われます。
りんごはひとつの株から約5個の花が咲きます。花摘みでは中央の花をのぞき、すべて摘んでしまいます。 人の手で行う受粉作業。棒の先にバフを取り付けたもの使い、一個一個の花に花粉をつけてまわります。
花の中にあるのが雄しべと雌しべです。 集めた花粉に色をつけて受粉用の花粉とします。こうすることでどの花を受粉させたかが一目でわかります。






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